【横浜市】の歴史を語る上で欠かせない“美しい博物館”のようなクラシックホテル「ホテルニューグランド」
WRITTEN BY 佐原ねお
【プライスレス藤沢】
~藤沢の魅力を再発見~
藤沢市内で見つけたプライスレスな情報シリーズ。136カ所目は藤沢市本鵠沼にある『原の辻』です。
『スズキヤ 鵠沼店』から北へ少し進み、『家づくり学校 湘南校』の裏手の通りに位置する史跡『原の辻』。

そこには、案内板と石塔が佇んでいます。


案内板によると、石塔は「光明真言供養塔」「出羽三山供養塔」「庚申塔」とのこと。

「光明真言供養塔」は、寛政7年(1795年)鵠沼村観音講中が日本百観音、西国、坂東、秩父を巡礼し、それを記念して造立した供養塔。

中央の「出羽三山供養塔」は、江戸末期の文化6年(1809年)鵠沼講中が出羽三山(山形県)を参詣し、それを記念して造立した供養塔。明治23年、徳富蘆花(とくとみろか)の「思い出の記」で紹介されたとあります。

徳富蘆花は、明治から昭和にかけて活躍した小説家。彼の代表作の1つ「思い出の記」は、明治20年代の鵠沼を描いた作品として知られ、その中で「原の辻」の風景を描写した1文を残しています。
その隣の「庚申塔(庚申供養塔)」は、宝暦3年(1753年)鵠沼原地区の庚申講中が造立したもの。

「庚申塔」とは、民間信仰の「庚申信仰」に基づき建てられた石塔や石碑のこと。
庚申とは、60日に1度巡る干支の日を指し、その夜、体内の「三尸(さんし)」という小さな虫が天に悪事を報告し、寿命を縮めると信じられていました。そのため、人々は青面金剛を拝み、徹夜で祈り語り合い、病魔や災厄を防ごうとしました(これがいわゆる「庚申講」)。

案内板には、その「庚申講」が現在も継続して青面金剛像と三猿像が彫られているると書かれています(少なくとも、案内板に記された、平成16年11月までは続いていたということですよね…)。
これについて、状況を専門家に問い合わせたものの、なぜか途中で返信が途絶えてしまいました…(謎が謎を呼んでしまう結果に。汗)。よって、残念ながら確認はとれませんでした。
ここ『原の辻』のほか、鵠沼地区には『茂兵衛の辻』『大東の辻』『苅田の辻』など、道が交差する辻に設置された石塔や石仏が点在しています。散策の折に立ち寄れば、地域に息づく歴史の一端に触れることができますよ。
基本情報
『原の辻』
住所:藤沢市本鵠沼
※駐車場は無いため、行かれる際は公共交通機関をご利用ください。
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ころんころ
神奈川県を中心に活動するライター。
「読まずにいられない記事タイトル」を信条に、地域の魅力や出来事を伝える。
2021年~2026年まで Yahoo!ニュース エキスパート 地域クリエイターとして活動。
2024年には ベストエキスパート2024 を受賞。
このほか、昭文社「まっぷるトラベルガイド」をはじめ、複数媒体・紙面で執筆。現在は「湘南経済新聞」などで執筆する。
元証券会社人事部出身。
年金アドバイザー資格(最上位2級)を持ち、キャリアや生活に関するテーマにも強みを持つ。