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WRITTEN BY RICA
平安時代を代表する文学作品『源氏物語』の作者、紫式部。
その墓所は、京都市北区の閑静な住宅街の一角にひっそりと佇んでいます。
堀川北大路の交差点近くに、小野篁の墓と静かに並んでいます。

なぜこの場所に?
この場所は、かつて紫式部が晩年を過ごしたとされる雲林院の境内だったと言われています。
今となっては、平安の都の面影があまり感じられないこの地に、紫式部の霊が静かに眠っているというのは、結構意外に感じます。

墓所を訪れて
静寂に包まれた墓所は、時の流れを感じさせます。
紫式部が生きていた平安時代、そして『源氏物語』が書かれた時代へと、静かに想いを馳せることができます。

石碑に刻まれた文字をなぞりながら、物語の世界が広がっていくような感覚を味わえるでしょう。
紫式部と小野篁
興味深いのは、紫式部の墓が小野篁の墓と並んでいること。
小野篁は、平安時代の官僚であり歌人として知られる人物ですが、一方で冥府の使いとしても知られています。
なぜ二人が隣り合っているのか、様々な説があり、訪れる人の想像力を掻き立てます。

小野篁と紫式部の墓が隣り合っている理由
残念ながら、小野篁と紫式部の墓がなぜ隣り合っているのか、という明確な歴史的根拠はまだ見つかっていません。
様々な説が提唱されています。
* 雲林院との関係: 両者の墓が建立されている場所が、かつて紫式部が暮らしたとされる雲林院の跡地であること
* 小野篁の霊力: 冥府と現世を行き来したという伝説を持つ小野篁の霊力によって、紫式部が守られているという説
* 文学的な結びつき: どちらも優れた文学者であり、その才能を称えて共に祀られたという説
などがあります。
しかし、これらの説を裏付ける確固たる証拠はまだ発見されていません。

小野篁と紫式部の墓が隣り合っている理由、あなたはどう思いますか?
興味がある方は、こちらの記事もご覧ください。
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《施設情報》
京都府京都市北区紫野西御所田町
京都市バス 北大路堀川より徒歩3分
今日市営地下鉄 鞍馬口駅より徒歩15分
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