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和歌山県 -橋本市

【橋本市】橋本の地名の由来にも関係する、高野街道の南端・東家渡場大常夜燈籠、御劔(みつるぎ)大明神

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奥河内から情報発信

和歌山県橋本市には紀の川が流れていて、北に和泉山脈、南に紀伊山地がありますが、ちょうど紀の川の部分で大阪方面から続いている高野街道が途切れています。

さて、紀の川の前、画像に見える燈籠の名前は東家渡場大常夜燈籠(とうげわたしばだいじょうやとうろう)と言います。

高野街道とは

ここで改めて高野街道をおさらいすると、京都・大阪方面には4つの高野街道(東高野街道、西高野街道、中高野街道、下高野街道)があり、南河内地域でそれぞれの街道が合流していきます。

最後は河内長野駅前で東高野街道と西高野街道が合流し、一本の高野街道となって南に続いています。

そして和歌山県との境「紀見峠」を越えて、橋本市内を通り、高野街道が紀の川まで続いています。

紀の川の手前にある高野街道の南端

(町石道の入口)

高野山への道は、古くは九度山にある慈尊院から町石道を登っているルートでしたが、室町時代後期頃には橋本の御幸辻から南下し、紀の川を渡って学文路経由で高野山へ登っていく道(京大坂道)が開かれ、その新しい道が使われるようになったそうです。

その他にも橋本駅から橋本橋を渡って高野山に登れる黒石道や、高野山下駅から続く槇尾道などがあり、紀の川を越えてから南側には高野山に向かう複数の道があります。

つまり京都や大阪方面から複数あった高野街道は河内長野で1本となり、紀見峠を越えて橋本に来て、紀の川を越えるとまた複数の道があって高野山に向かっているということになります。

その紀の川の先にあるのが旧高野街道 東家渡場大常夜燈籠で、橋本市指定文化財(第20号)として昭和56年8月28日指定されたものです。

橋本の地名の由来になったのは、安土桃山時代に一時期、紀の川に橋が架けられたからです。高野山の焼き討ち回避に尽力した木食応其上人(もくじきおうごしょうにん)により、1587(天正15)に橋が架けられ橋本という地名が誕生しました。
ところが、3年後に紀の川の増水により橋は流失してしまいます。

以降は舟による横渡が行われるようになりました。無銭横渡(むせんよこわたし)と呼ばれる無料で対岸まで行ける舟で夜間でも安心して渡れるように、画像の東家と対岸の三軒茶屋に大きな燈籠が建てられ、夜は火が灯されました。

現在の燈籠は1814(文化11)年に建てられたものです。また河川改修のために元あった場所から現在地に移設されています。

御劔大明神と橋本橋

もちろん現在は渡し船ではなく橋が架けられています。東家渡場大常夜燈籠の最も近くに架けられている橋の名前は橋本橋です。

応其上人以来ずっと渡し船でしたが、1932年(昭和7)年に、本格的な鉄骨造りの橋が架設されました。

その後1978(昭和53)年8月に紀の川堤防改修工事と並行して、近代的な橋の架け替え工事が行われ、2代目として現在の橋が完成したとのこと。

さて、橋のすぐ手前に小さな社があります。

御劔(みつるぎ)大明神です。かつては橋本の代官所跡(現在の橋本市役所)の前にあったそうですが、区画整理事業に伴い現在地に鎮座したそうです。

御劔(みつるぎ)大明神は覆堂(ふくどう)になっていて、中の祠を守るように外側に社が建てられています。

「正一位」「狐の眷属(けんぞく:み使い)」がみられることから、祀られているのは稲荷系と考えられます。

ということで橋本東家に残る高野街道の渡しと橋本橋、御劔大明神を紹介しました。

東家渡場大常夜燈籠

住所:和歌山県橋本市東家5丁目5-5
アクセス:JR橋本駅から徒歩

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奥河内・南河内地域文筆家

奥河内から情報発信

Website: https://www.okukawachi.biz/

大阪府河内長野市は別名「奥河内」と呼ばれ、周囲を山に囲まれ3種類の日本遺産に登録されるほど、歴史文化的スポットがたくさんある地域です。それに加えて、都心である大阪市中心部に乗り換えなしで行ける複数の大手私鉄(南海・近鉄)と直結しているので、新興住宅団地が多数造成され、地元にはおしゃれな名店や評判の良い店なども数多くあります。
ライター歴は10年超で、主に大阪市内で執筆活動をしていましたが、
5年前の2021年1月に縁もゆかりもない河内長野に引っ越しました。
2021年9月16日よりご縁がありYahoo!ニュースエキスパートの地域担当となり、移住して半年余りながら「よそ者」の視点で、長く住んでいる人が気づかないことを含め南河内地域に住んでいる人たちのお役に立つ情報を発信。
そして文章の力で「まち」が元気になる記事を提供することを心掛け、終了日である2026年3月31日まで1日も休むことなく、計1658本の記事を執筆しました。
Yahoo!ニュースエキスパート終了が決定したことを受け、2026年1月からは独自で公式サイト「南河内ニュース」を立ち上げました。
引き続き現地の情報発信を行っています。

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