【富田林市】スイセンの花の季節♪錦織公園、梅の里に咲きそろう水仙は、いよいよ見ごろを迎えました
WRITTEN BY 奥河内から情報発信
南河内の歴史上の人物といえば、一般的には楠木正成をはじめとする楠木氏や南朝に関係する人たちを連想するかも知れません。しかし、幕末の天誅組(天忠組)のことを忘れてはいけません。

南河内地域を歩くと天誅組の足跡がいろいろなところで見られますが、6月28日には下水分神社にわか連喜楽座による天忠組(天誅組)をテーマにした河内にわかの公演「若き志士たちの天忠組」が上演されます。

今も南河内のあちこちに天誅組の足跡が残る中、そのうちのひとつ、河南町にある天誅組に河内勢として参加した長野一郎の碑に立ち寄りました。

バス停から、大ヶ塚寺内町に続く坂道を上ります。

坂を上って行くと、左手に鳥居が見えて来ました。

左に長野一郎の碑があります。

こちらが長野一郎の碑です。普段は扉が閉まっていて中には入れません。

説明書きがあります。長野一郎の本名が吉井儀蔵です。「天誅組河内勢の研究」という書籍によれば、長野一郎は大ヶ塚村の宗家、吉井寿軒の嗣子(しし=跡取り)で、青年時代には大坂(大阪)の適塾で緒方洪庵から西洋医術を学んだそうです。郷里の大ヶ塚(現:河南町)に帰ってからは、貧民救済のため一身を忘れて診察をした、尊敬される医者だったとのこと。

(長野一郎が案内をしたかもしれない、金剛ニュータウンができる前から狭山と廿山を結んでいた道)
吉井は勤王の志(きんのうのこころざし:天皇に忠誠を尽くす)を持っていたこともあり、水郡善之祐、吉年米蔵らの志士とも交流があったため、天誅組に参加します。1863(文久3)年8月に京都に向かうときに長野一郎と名前を変えます。河内勢の首謀者水郡(にごり)善之祐らが戦いのため準備で南河内に戻った時も、田中梅之助とともに京都に残り、中山忠光を主将とする天誅組本隊の道案内をします。

(柵の隙間から撮影させていただきました)
そのまま現在の富田林の甲田にある水郡邸で河内勢とも合流して、ついに出陣。大和五條で代官を討った後に医薬を担当したとあるので、天誅組の軍医だったと考えられます。そして、劣勢となり考え方が合わなくなって河内勢が離脱して別行動をとった際にも、それに追随することなく森本伝兵衛とともに本隊に残ります。

ついに天誅組が追い詰められ、本隊が解散となった後、9月25日に芝村藩(現在の奈良県桜井市芝付近にあった藩)に捕らえられ、京都の六角牢に送られ5カ月ほど後、元治元年2月17日に27才の若さで処刑されます。

碑には贈正五位が刻まれています。死後、1902(明治35)年に授与されたもので、それを記念して有志が大ヶ塚にこの碑を建て、碑銘に略歴が刻されているそうです。(扉が閉まっていたので確認できず)

他にも石碑があります。こちらは紀徳碑(きとくひ)と刻まれています。これは、個人の功績や得や善行などをたたえて後世に伝えるために建立されるものです。

こちらはわかりにくいです。上は「常」で下は「岡」のように見えますが、真ん中が「磐」のようにも見えますが、よくわかりません。仮に「常磐岡」だった場合、富山県砺波市にある「常磐岡八幡宮」が出てきますが関係性があるのかよくわかりません。

ということで長野一郎の碑を紹介しました。下水分にわか連がすばるホールで演ずる天誅組(天忠組)のにわかは6月28日なので少し先になりですが、天誅組のことがわかる機会なので歴史に興味があれば今のうちに学んでおいてから申し込んでみては如何でしょう。

(会場のすばるホール)
そして当日までに今回の長野一郎の碑など、南河内地域に残る天誅組の足跡を回るだけで、「にわか」がもっと楽しくなると思います。にわか公演「若き志士たちの天忠組」会場はすばるホール大ホール2階で6月28日14:00開場、14:30開演です。問い合わせは 090-6267-7619(尻谷座長)、090-1227-2004(北村広報)まで。

住所:大阪府南河内郡河南町大ヶ塚61
アクセス: 大ヶ塚バス停下車
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大阪府河内長野市は別名「奥河内」と呼ばれ、周囲を山に囲まれ3種類の日本遺産に登録されるほど、歴史文化的スポットがたくさんある地域です。それに加えて、都心である大阪市中心部に乗り換えなしで行ける複数の大手私鉄(南海・近鉄)と直結しているので、新興住宅団地が多数造成され、地元にはおしゃれな名店や評判の良い店なども数多くあります。
ライター歴は10年超で、主に大阪市内で執筆活動をしていましたが、
5年前の2021年1月に縁もゆかりもない河内長野に引っ越しました。
2021年9月16日よりご縁がありYahoo!ニュースエキスパートの地域担当となり、移住して半年余りながら「よそ者」の視点で、長く住んでいる人が気づかないことを含め南河内地域に住んでいる人たちのお役に立つ情報を発信。
そして文章の力で「まち」が元気になる記事を提供することを心掛け、終了日である2026年3月31日まで1日も休むことなく、計1658本の記事を執筆しました。
Yahoo!ニュースエキスパート終了が決定したことを受け、2026年1月からは独自で公式サイト「南河内ニュース」を立ち上げました。
引き続き現地の情報発信を行っています。