【京都市】右京区『太秦』の「太秦キネマ・ストリート」&「大映通り商店街」で日本映画の歴史を体験!
WRITTEN BY RICA
京都の祇園にある『八坂神社』はいつも国内外の参拝客でいっぱいです。
『八坂神社』は、明治元年の神仏分離令により『八坂神社』と改称するまで、「感神院」または「祇園社」と称していたそうです。
全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2300社)の総本社としても知られる『八坂神社』。
「祇園さん」と呼ばれ、古くから地域の人々に親しまれています。
7月に行われる日本三大祭の一つである「祇園祭」は、『八坂神社』の祭です。

『八坂神社』では、「祇園祭」の神事が1か月行われます。
平安以前の656年(斉明天皇2年)の創建と伝えられる『八坂神社』の主祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)、その妻である櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、大国主神(おおくにぬしのかみ)の三柱です。
お神輿にその神様が鎮座されています。

「祇園祭」関連のイベントでは、白馬も神馬として登場します!

『八坂神社』は、至徳元年(1384年)に足利義満により、祇園社を比叡山延暦寺から分離させられるまでは、神仏習合の神社でした。

また『八坂神社』の本殿は国宝に指定されています。
ご利益は厄除け・家内安全・縁結びです。
他にも、境内には多くの摂社と末社がありご利益がたくさんいただけます。

『八坂神社』は、神仏習合や歴史の流れの中で、興福寺や比叡山延暦寺の別院となる時期があります。

西楼門から入って左手にある手水舎の石甕には「感神院」の文字が刻まれています、「祇園感神院(ぎおんかんしんいん)」と称したことに由来するそうです。
元々、『八坂神社』は、奈良にある法相宗大本山『興福寺』の末寺でした。その後、比叡山延暦寺の末寺となります。
『高津商会』でも大変お世話になっている「興福寺」さんです!
『高津商会』の本社新社屋の狛犬の台座は「興福寺」さんより頂いた国宝がいらっしゃる中金堂のタイルを使用させていただいてます。
過去関連記事をご参照ください→
『興福寺』の前身である『山階寺跡』に見る中臣(藤原)遺跡と天智天皇の関係!
比叡山延暦寺の末寺(末社)であった祇園社(八坂神社)は、元亀2年(1571)織田信長による比叡山焼き討ちの後、独自の祇園信仰を続けることになったとか。

京の鬼門、北東の守り比叡山延暦寺さん。
比叡山延暦寺から高僧がいらしてました。

最澄が自ら刻んだ薬師如来(薬師瑠璃光如来)を本尊とします。
牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る『八坂神社』との関係が深いということをお聞きしてビックリしました。
「祇園祭」は、薬師如来の化身とされる牛頭天王を祀り、牛頭天王を主祭神とする『八坂神社』から3基の神輿を送り、病魔退散を祈願した祇園御霊会が起源と伝わります。
八坂神社と延暦寺による「神仏習合で疫病はらえ」が八坂神社で行われます。

天台宗開宗1200年を翌年に控えた2005年に一度復活した、神仏習合の儀式「八坂礼拝講」。
境内では「法華八講」と呼ばれる法華経の問答を行う法要が行われます。
「令和の祇園感神院」復元事業に力を入れてらっしゃる宮司さんのお話を以前お聞きした際に、古来よりある祈りの姿勢、そして神仏習合について熱い思いを持ってらっしゃることに感動しました。

7月20日17:00より『祇園御霊会』神仏習合の儀式「八坂礼拝講」が19年ぶりに『八坂神社』で行われます!
神仏習合で疫病はらえ、です!
歴史的なイベントに参加できることが素晴らしいですね♪
八坂神社
〒605-0073 京都府京都市東山区祇園町北側625
Yahoo!ニュース投稿2024年7月20日
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RICA
京都で生まれ育つ。世界各地を周遊、欧米中心に20年ほど滞在し京都に帰還。日本のコアな伝統文化や芸能、神社仏閣や裏歴史、催事らを国内外の旅サイト・雑誌・新聞で執筆。経験に基づく“陰謀説”の電子書籍出版あり。
フォトジャーナリスト、写真映像家、音楽・イベントプロデューサー、特殊ツアープロデュース・ガイドから日本庭園庭師までマルチに活躍。
日本映画の発祥時より美術装飾や小道具、祭などに携わってきた”ジャパニーズハリウッド”京都太秦にある老舗『髙津商会』にて映画・美術装飾・アート&エンタメ、海外事業に携わりつつ伝統文化・芸能などに関わる史実や古美術、伝統工芸、伝統産業や教育まで幅広く活躍中。
『京愛』や『日本愛』を深め世界進出を夢見る毎日。