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千葉県 -館山市

もう見た?まだ間に合う!江戸時代のひな人形を洋画「海の幸」が誕生した記念館で愛でる【館山市】

ひな人形とつるしびなを見学する親子
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鍋田ゆかり

「去る」といわれているくらい、あっという間に過ぎ去る3月。そういえば、ひな人形をまだ見ていない、という人もいるのでは?館山市布良(めら)にある「青木繁『海の幸』記念館・小谷家住宅」では、この家で使われていた江戸時代のひな人形を3月31日まで展示しています。春だし、ひな人形を紹介しようと訪れてみると、現場「青木繁『海の幸』記念館・小谷家住宅」の魅力がすごすぎました。

青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅とは

小谷家は、マグロ延縄(はえなわ)漁で栄えた布良にある上層の漁家で、館山市指定有形文化財に指定されています。漁村を代表する建物として評価されていますが、小谷家が記念館として多くの人を受け入れているのには、また別の理由があります。


日本で初めて国の重要文化財に指定された西洋画「海の幸」の作者、青木繁(あおきしげる)氏が、東京美術学校卒業後に恋人や仲間とともに過ごし、この絵を描いた場所が小谷 家です。

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繁「海の幸」記念館館長の小谷福哲さんと由喜枝さん
青木繁「海の幸」記念館館長の小谷福哲さんと由喜枝さん

先輩から布良の良さを聞いていた青木氏は、恋人のたねさんと、幼馴染、後輩との4人で布良を訪れました。近くの旅館で過ごしていましたが、旅費がなくなり世話をしてくれる人を探していたとき、世話好きな小谷家の4代目である喜録さんを紹介され、1カ月半小 谷家で過ごしました。その間描かれたのが、「海の幸」です。

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繁記念碑がある場所に設置されている「海の幸」と説明
青木繁記念碑がある場所に設置されている「海の幸」と説明

青木繁「海の幸」記念館館長であり、小谷家7代目の福哲(ふくあき)さんによると、青 木氏は最初、神輿を担ぐようなイメージ画を描いていましたが、うまくいかずに悩んでいました。そんなとき、一緒に滞在していた仲間が外から帰って来て、「魚が獲れてみんな喜んですごかったよ」とその様子を話します。それを聞いた青木氏は、漁師にモデルになってもらい、現在のようなサメを運ぶ絵を描いたそうです。

布良はマグロの延縄漁で栄えましたが、青木氏が滞在していた夏の期間はマグロが獲れない時期で、サメは一年中獲れていました。訪れる人に対して、青木氏によるさまざまな絵や資料、小谷家に伝わる話を福哲さんと奥さんの由喜枝さんが手分けしながら、ていねいに説明をしてくれて、絵に興味のない私でも、青木氏や絵に魅了されていきました。


この家に暮らしていた、小谷家の直系である由喜枝さんの両親が、未来の子どもたちに「海の幸」が誕生した小谷家を見てほしいという気持ちから、2005年にこの家を残すことを決めます。2010年、修復を行うためにNPO法人を設立し、700人の画家が絵を提供して、5年間で12回のチャリティー販売を行い、累計5000万円を集めました。たくさんの人が関わって、2016年の春にようやく公開が始まったのが、青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅なのです。

見どころは「海の幸」だけではない

海辺の町にたたずむ青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅
海辺の町にたたずむ青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅

青木氏が布良で描いた、「海景」と「海」という2枚の絵があります。並べてみたら絵がつながっていることを、「有限会社アートプロセス」という印刷会社の元社長、島田吉廣さんが2014年に発見しました。この2枚の絵の前に立つと、ぴったりと一致しているのがわかります。天気がいい日に布良から見える伊豆大島や利島、新島も2枚の絵を通して見られて、一体感が増します。


南房総には、寺社や山車、神輿に多くの作品を残している代表的な宮彫り師、後藤流の存在があって、多くの作品が残されています。その後藤流2代目である後藤喜三郎橘義信の作品が、小谷家の欄間にあります。

小谷家に残る後藤喜三郎橘義信の作品
小谷家に残る後藤喜三郎橘義信の作品

青木繁も見たであろう、布良崎神社の祭り。そこで担がれる神輿も後藤喜三郎橘義信の作品なので、彫られた当時氏子総代をしていた小谷家とのつながりを感じさせられます。

まだまだ見どころはありますが、ぜひ足を運んで福哲さんや由喜枝さんから直接話を聞きながら鑑賞することをおすすめします。時間があれば、記念館から歩いて行ける「青木繁記念碑」にも行ってみてください。1962年、青木繁没後50年に設立され、除幕式には青 木氏の恋人だった福田たねさんと、青木氏の息子である福田蘭堂さんも出席したそうです。

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繁没後50年の1962年に設立された青木繁記念碑
青木繁没後50年の1962年に設立された青木繁記念碑

江戸時代のおひな様は、誰のもの?

江戸時代のものと思われる、4対のひな人形
江戸時代のものと思われる、4対のひな人形

小谷家の家を修復する際、木箱から出てきたのが、この4対のひな人形でした。木箱は昭和29年の新聞紙で包まれていて、この年は由喜枝さんが生まれた年です。由喜枝さんは自分のひな人形を持っていたので、その間60年くらいずっと仕舞われていたことになります。家族に確認しながら遡っていくと、「うちのではない」という返答が。


江戸時代後半に、ゲンという名の女性が小谷家にいました。100歳まで元気だったという人で、木箱に「ゲン」の名が書かれていたのと、4人の女の子がいたので、その子たちのひな人形ではないかと考えています。今から200年以上前のひな人形ということになります。


品のある顔立ちや十二単、髪飾りなどを見比べながら、200年経ってもなお美しいひな人形を愛でに来てみませんか?

【詳細】
ひな人形展示
日時:2025年3月1日~3月31日 土日のみ
   ※青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅はお盆・年末年始以外の土日営業
   ※平日は要事前予約
   10:00~16:00(受付)
料金:300円 小中高150円
場所:青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅
   〒294-0234 千葉県館山市布良1256
公式webサイト
取材協力:青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅

この記事を書いた人

鍋田ゆかり
ライター

鍋田ゆかり

Website: https://awaawalife.com/

バックパッカーで世界を旅して漂着したのは、千葉県房総半島の安房(あわ)。ボロボロ古民家を仲間と改修しながら、犬猫ヤギと暮らしはじめる。安房の自然にどっぷり浸かりながら、アウトドアや暮らしを堪能しつつ、魅力ある人や場所を紹介している。

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