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千葉県 -南房総市 館山市

リヤカーのはるじさん、房総半島に上陸!リヤカーとともに日本を歩いて8年目【南房総市】【館山市】

モバイルハウスのリヤカーを引いて旅を続けている佐藤晴志(はるじ)さん
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鍋田ゆかり

新潟県上越市からリヤカーを引いて南下し、現在日本を歩いて3周目の佐藤晴志(はるじ)さんが、寒い冬を避けて温暖な南房総にやってきました。「家庭用包丁研 一本三百円 蚯蚓屋ミミズヤ」と書かれたリヤカーの目撃情報が私のもとに届いたのをきっかけに、携帯を持たず、行き当たりばったりの旅を続けるはるじさんの捜索を開始。ミミズヤの包丁研ぎ出店情報も含め、あなたの町にも訪れるかもしれない、旅人のはるじさんを紹介します。

南房総でリヤカー発見!包丁研ぎの旅人はるじさん

12月11日、私のもとに最初のリヤカー目撃情報が舞い込みました。日本3周目の旅をしていると知り、南房総にいるのならぜひ会ってみたいと思い、情報を集めました。出かけるたびにスーパーや道の駅の駐車場を確認しましたが、まったく姿を見つけられず、もどかしい日々が続きます。


15日、「128号線を館山方向に歩いていた」という情報が2件寄せられ、急いで車を走らせました。カーブを曲がるたびに、その先にリヤカーが見えるのではと期待し、道中にある道の駅「グリーンファーム館山」にも立ち寄って駐車場をチェック。進めども進めども視界にリヤカーが入ることはなく、館山の中心地まで来てしまいました。仕事の都合で捜索はここで時間切れ。


その後、「グリーンファームの駐車場にいるのを見た」と連絡が入ります。仕事を終えてはやる気持ちで車を走らせ、グリーンファーム館山が見えてきました。

「いたーーーー!!」駐車場でついにリヤカーを発見。ノックすると扉が開き、はるじさんが顔を出しました。

モバイルハウスで寛ぐはるじさん
モバイルハウスで寛ぐはるじさん

「サラリーマンは嫌だ」から始まった放浪人生

福岡県北九州市に生まれ、高校卒業後京都の工場で1年と少し働きますが、「サラリーマンは嫌だ」と、サラブレットの育成をしている北海道の牧場で働き始めます。けれど「来年もやると思うと嫌になった」と言うはるじさんは、石垣島へ向かいました。そこで肥育牛の世話を始めますが、やはり1年くらいで辞めることに。今後どうするのかと母親に心 配され、「オレだってわかんねー」と答えた当時のことを、現在73歳のはるじさんが話しました。


その後も、鹿児島県加計呂麻島の製糖工場で働いたりと、仕事を変えながら移動していたので、「うろうろして自分の足跡がわからん」と、はるじさんは前歯のない笑顔を見せます。


現在も含め、日本中をうろうろしているはるじさんですが、25歳のとき一度だけ海外へ向かったことがあります。アジアやアフリカ、ヨーロッパなどを放浪し、帰国したら30歳になっていました。香港からマレーシア、インド、ネパール、エジプト、スーダンなどに長期滞在しながら旅を続け、スイスの牧場で仕事をしたことも。そのとき、900キロもある種牛に頭突かれて前歯を失ったそうです。


英語だけでなく、フランス語やアラビア語でも簡単な挨拶をする様子から、「世界中の人 たちとこんな風に交流してきたのだろうな」と、容易に想像できました。

自給自足生活18年

リヤカーの屋根に書かれた文字
リヤカーの屋根に書かれた文字

一番長く暮らしたのは、伊豆半島の山の中。自分で小屋を建て、電気も水道もガスもない場所で、家族と18年間自給自足生活を送り、その後奥さんの実家である上越市に移って百姓生活をしていました。


リヤカーの屋根には、「ミミズヤ」という屋号が書かれています。それは、田畑を耕し、ニワトリやヤギを飼って暮らしていたとき、ミミズがすごく身近な生き物だったから。「よく動くし、どこからともなくやってきて、住み着いている」と、ミミズについて自分のことのように話しました。

事故で壊れた“モバイルハウス”

2018年、鉄くず屋で購入した5000円のフレームの錆落としから、リヤカー作りがスタート。「使いやすくて、上手く作ったと思う」と、自画自賛するリヤカーは、長さ約210センチ、高さ156センチ、幅85センチ。ときには寝床、ときには台所、ときには行水の場と、臨機応変に機能する、“モバイルハウス”です。宝物は何かと尋ねると、「リヤカー」と即答するはるじさん。「全財産」と断言するリヤカーの重量は、180キロにも及びます。

リヤカーの後ろには、開閉可能な窓がある
リヤカーの後ろには、開閉可能な窓がある

その大切なリヤカーが、破損したことがあります。リヤカーだけでなく、はるじさん自身 もあばら骨が5本折れ、ドクターヘリで病院へ搬送される大事故でした。秋田から岩手へと仙岩峠(せんがんとうげ)にある5つ目のトンネルの中で、トラックに跳ねられて入院したのです。


1カ月後に退院したはるじさんは、保管されていた倉庫でバラバラになった相棒のリヤカーと再会。当時のはるじさんは金槌を振ることができない身体だったため、工務店でリヤカーの写真を見せ、バラバラになった材で再建してもらいました。

南房総での再会と、リヤカーでの旅暮らし

茅葺きの長屋門が見える駐車場で包丁を研ぐはるじさん
茅葺きの長屋門が見える駐車場で包丁を研ぐはるじさん

やっとはるじさんに会えた日の夜、4年ほど前に友だち宅に停まっていたリヤカーのことを急に思い出しました。「リヤカーで日本を旅している友人と、偶然野島埼灯台で再会した」と、友だちが話していた当時の記憶が蘇り、はるじさんと結びつきます。


翌朝はるじさんに会いに行ってその話をすると、やはりそうでした。友だちに電話してはるじさんがいることを話すと、友だちもビックリ。実は、30年ほど前から伊豆に暮らすはるじさん家族と交流を持っていた人たちが、南房総に3家族いたのです。その家族と私も知り合いだったため連絡を取り、急遽再会の宴が開かれました。


立派な茅葺きの長屋門が残るレストラン「百姓屋敷じろえむ」の店主も、はるじさんと交流をしていた1人。ちょうど今、長屋門の差し茅作業を行っていた親方もまた、その1人 でした。「自給自足をしているはるじさんの生き方や考え方に影響を受けた」と、親方は話しました。

親方(左)と農家じろえむの15代目(右)
親方(左)と農家じろえむの15代目(右)

百姓屋敷じろえむで数日を過ごしたはるじさんは、積極的に親方の手伝いをしました。茅の葺き替えの仕事は、今までに2回行ったことがあるそうです。旅の途中、サトウキビ刈りやみかんもぎ、薪割りなど、お金に執着せずにできるときにできることを行ってきました。

茅を切る作業を手伝うはるじさん
茅を切る作業を手伝うはるじさん

朝日とともに起きて、朝食時に野菜をたっぷり入れた煮込み料理と米を3食分炊き、一日に20~25キロ歩く。日が暮れれば、一杯飲んで眠りにつく。それが、はるじさんの旅暮らしです。1か月の食費は、酒代を含めて約25,000円。年金と、一本300円で包丁を研ぎながら旅を続けています。

野菜の煮込みを調理中
野菜の煮込みを調理中

今週末、「のきしたフリマ」へはるじさんに会いに行こう!

21日は、JR岩井駅前にある「交流拠点boccs(ぼっくす)」で行われる「のきしたフリマ」に出店を予定しています。私の場合、研いでもらった包丁や鉈(なた)を使うたびにはるじさんを思い出し、「またいつか、はるじさんに再会したときに研いでもらおう」と楽しみになっています。

切れ味が悪くなった包丁や、家に眠っている錆びた包丁を持参して、ぜひはるじさんの生き方に触れてみてください。

包丁を研ぐはるじさん
包丁を研ぐはるじさん

【イベント情報】
名称:第24回のきしたフリマ
日時:12月21日(日)
   09:00〜15:00
場所:岩井駅前交流拠点 boccs 軒下
   (千葉県南房総市市部125-13 )
公式webサイト(外部リンク)


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この記事を書いた人

鍋田ゆかり
ライター

鍋田ゆかり

Website: https://awaawalife.com/

バックパッカーで世界を旅して漂着したのは、千葉県房総半島の安房(あわ)。ボロボロ古民家を仲間と改修しながら、犬猫ヤギと暮らしはじめる。安房の自然にどっぷり浸かりながら、アウトドアや暮らしを堪能しつつ、魅力ある人や場所を紹介している。

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