【千葉市】小さなパン屋、モワティエさん
WRITTEN BY 格さん
日本の神社で、神酒になる清酒を造っているのは三重県の伊勢神宮と、島根県の出雲大社、山口県の岡崎八幡宮、そして千葉県の莫越山(なこしやま)神社の4カ所だけです。1300年ほど前から続く、市指定無形民俗文化財の「神酒造り神事」が、今年も莫越山神社で行われました。
昔はどの神社でも神酒造りをしていたそうですが、酒税法ができた年に多くの神社が取りやめ、莫越山神社も一旦止めました。その1~2年後、宮司と氏子たちが神酒造りの嘆願書を出し、許可を得て再び造りだしたと、宮司の齋東清道さんが教えてくれました。

莫越山神社がある安房(あわ)地域最大の祭礼は、1000年以上の歴史がある安房国司祭「やわたんまち」で、莫越山神社を含む10社の神輿が鶴谷八幡宮に着御します。造られた清酒は、お供えや神輿を担ぐ人たちのふるまい酒として使われます。
私が莫越山神社を訪れたのは、「醸造始奉告祭」を行った8月3日。8時に氏子総代たちが前日に洗って水に浸しておいた米をザルに上げ、醸造始奉告祭でお供えするためにお皿にとります。水、塩、酒とともにお供えし、8時55分、宮司が太鼓を叩いて醸造始奉告祭が厳かに始まりました。

お祓いをして、これから醸造を行うことを報告し、15分ほどで終了。その後、竃(かまど)で沸かしたお湯でセイロやフキンを熱湯消毒し、樽の中にはスギ葉とお湯を入れ、消毒、殺菌、香り付けを同時に行います。

スギは高く伸びて枝を取るのが大変になりますが、下から枝が出る「北山杉」を神事のために植えているそうです。お湯を入れて蒸していた樽の蓋を開けてみると、さわやかな香 りがふわぁっと広がりました。

莫越山神社がある地区で採れたコシヒカリ60キロを、75パーセントに精米したものを39キロ使って神酒造り行います。まずは12キロの米を3つのセイロに入れ、竃で90分ほど蒸してから、広げて冷まします。

2畳の醸造所に大きな樽を置き、漆で塗られた2リットルの升で井戸水を7リットル分測って樽に入れます。次に、浸米していた上澄みの水8リットルを加え、冷ました米を投入。投入されるたびに齋東宮司が手でよくかき混ぜます。

ここで行われているのが「酛立て(もとだて)」という工程で、酵母を育てる酒母(しゅぼ)をつくる大切な準備です。酒母は、お酒の発酵を安定して進める“母体”のようなもので、この段階での手入れが神酒の質を左右するといわれています。

莫越山神社では、2回に分けてもろみを発酵させる「二段仕込み」が行われていて、今回仕込んだ酒母米にさらに蒸した米を足す「掛(かけ)」の工程を、一週間後の今日、行う予定です。この掛とは、酒母に追加で米や水、糀を加えることによって発酵をさらに進める工程で、豊かな味わいを生み出す重要な段階です。
齋東宮司の母であり、権禰宜(ごんねぎ)の齋東眞弓さんは、1975年にこの家に嫁ぎ、神酒造りに関わり続けています。当時は母屋の玄関が醸造所になっていて、神酒造りの一 か月半は家中酒の香りに満ちたなか、生活していたそうです。英語の教員だった齋東権禰宜は、神職に携わる家に嫁ぎ「大変なことだな」と思いながらも、「面白そう」という好奇心も持ち合わせていました。

神酒造りは温度管理が大変で、「人の口に入るものだから、いつも管理しなきゃいけないので、みんなで出かけて留守にはできなかった」と当時を振り返ります。現在は醸造所にエアコンが付いていますが、当時はエアコンもなく、神酒の味は今以上にばらつきがあったそうです。
2019年の9月、南房総は「令和元年房総半島台風」の被害に遭いました。ニュースを見て台風が来ることを知った齋東権禰宜は、冷凍庫の中身を全て出し、板氷を買い占めて、冷凍庫で保存して停電に備えました。このとき神酒は、搾る直前だったのです。
台風の通過後、地域では約1週間の停電に見舞われました。その間、ソーラー発電は冷蔵庫優先に使い、地区の人たちが発電機を貸してくれたり、必要な燃料を探してくれたり、電気が復旧していた館山市にある鶴谷八幡宮が物資を届けてくれたりしたことが、神酒造りに関わった50年で一番心に残っている出来事だったと、語ってくれました。

毎年、「辛口」と評されることが多い莫越山神社の神酒。今年はどんな味に仕上がるでしょうか。9月13日から始まる「やわたんまち」に向けての準備が、静かにはじまっています。
【詳細情報】
名称:莫越山神社
住所:〒299-2526 千葉県南房総市沓見253
取材協力:莫越山神社
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バックパッカーで世界を旅して漂着したのは、千葉県房総半島の安房(あわ)。ボロボロ古民家を仲間と改修しながら、犬猫ヤギと暮らしはじめる。安房の自然にどっぷり浸かりながら、アウトドアや暮らしを堪能しつつ、魅力ある人や場所を紹介している。
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