【横浜市】の歴史を語る上で欠かせない“美しい博物館”のようなクラシックホテル「ホテルニューグランド」
WRITTEN BY 佐原ねお

川崎宿から江戸へと続く歴史の道に、かつて異国の音色が響き渡った時代がありました。
琉球王国の使節団による「江戸上り」です。
歴史の波に翻弄されながらも、誇り高く文化を繋いだ彼らの旅路を、現代の視点で紐解きます。異国の調べが繋いだ、知られざる「日琉」外交の記憶

かつて、日本とは別の時を刻んでいた「琉球王国」。1609年の薩摩藩による侵攻を経て、王国は幕府への従属を余儀なくされました。その義務として課せられたのが、将軍の代替わりなどを祝う使節団の派遣、通称「江戸上り」です。
一見、強制的な外交儀礼にも見えますが、王国はこれを単なる服従の場とは捉えませんでした。彼らはこの機会を、琉球の品格を江戸、そして日本各地に知らしめる「文化外交」の舞台へと転換させたのです。

路次楽(ろじがく)隊
使節団の旅は、想像を絶するほど過酷なものでした。初夏に琉球を立ち、海を越え、瀬戸内を渡り、大坂からは陸路で東海道を北上します。1832年の例では、6月に王国を出発し、江戸到着は11月半ば。半年もの時間をかけ、片道およそ2000キロを練り歩きました。
特筆すべきは、その華やかさです。色鮮やかな衣装を身にまとい、琉球式の「腰駕籠(こしかご)」に揺られる正使たちの姿。そして行列の先頭で人々の耳目を集めたのが、中国伝来の道中学「路次楽(ろじがく)」でした。異国の音色を響かせながら進む一行は、沿道の人々にとって、まさに動く「一大絵巻」のような衝撃だったに違いありません。

この壮大な旅の舞台の一つが、私たちの暮らす「川崎宿」です。1710年には、後に琉球伝統芸能「組踊(くみおどり)」の創始者となる玉城朝薫が参加。さらに、名作『手水の縁』の作者とされる平敷屋朝敏も、若き日に使節の一員としてこの地を歩いています。
特に注目したいのは、10代の選りすぐりのエリート少年たち「楽童児(がくどうじ)」の存在です。彼らは将軍の御前で「御座楽(うざがく)」という室内楽を披露する大役を担っていました。未来の王国を背負う若き才能たちが、ここ川崎で休息し、江戸の空気を吸っていた――そう思うと、見慣れた景色が少し違って見えてきませんか。

路次楽で使われていた楽器の展示
使節団にとって、路次楽の調べは単なる音楽ではありませんでした。それは、薩摩の支配下にあっても失われない「琉球の品格」を大和の人々に示す、静かなる抵抗であり、最大の自己表現だったのです。
厳しい冬の寒さに耐えながら、異国の地で誇り高く振る舞った琉球の人々。川崎宿に響いたはずのその音色は、時を超え、多様な文化を受け入れてきたこの街道の歴史に、今も確かな彩りを添えています。

JR川崎駅前に立つ石敢當
かつて琉球使節団が「江戸上り」で川崎宿を駆け抜けた時代から数百年。今、川崎市と那覇市は友好都市締結30周年という輝かしい節目を迎えています。
JR川崎駅前に佇む「石敢當(いしがんとう)」。沖縄の伝統的な魔除けであるこの石碑は、単なるモニュメントではありません。1710年に川崎宿に足跡を残した組踊の創始者・玉城朝薫ら、先人たちが繋いだ縁を現代に留める「約束の印」です。
「過酷な旅の休息地」だった川崎は、いまや「共に未来を歩むパートナー」へ。
30周年を祝う街の活気と共に、石敢當は今日も、両市の変わらぬ友情と行き交う人々の安全を静かに見守っています。

【企画展概要】
会場:東海道かわさき宿交流館(神奈川県川崎市川崎区本町1丁目8-4)
期間:2026年4月14日~6月21日
開館時間: 9:00 〜 17:00
入場料: 無料
休館日: 月曜日(ただし、月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日に休館となります)
アクセス:京急川崎駅より:徒歩約6分/JR川崎駅より:徒歩約10分
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鈴木よしえ
元山形テレビアナウンサー。フジテレビ、テレビ朝日などの情報・ワイドショー番組でリポーターを務めたほか、FMラジオのパーソナリティ、各種イベント司会として活動。
現在はこれまでの取材経験を活かし、地域のニュースや人物、文化、産業の魅力を映像と記事で発信している。カメラ・音楽・ナレーションまで一貫して手がけ、生まれ育った地域をはじめ、各地の“まだ知られていない大切な物語”を丁寧に伝えている。
かわさき産業親善大使・タレント名鑑掲載。