【横浜市】の歴史を語る上で欠かせない“美しい博物館”のようなクラシックホテル「ホテルニューグランド」
WRITTEN BY 佐原ねお
【プライスレス藤沢】
~藤沢の魅力を再発見~
藤沢市内で見つけたプライスレスな情報シリーズ。112カ所目は藤沢市本町にある『六本松古戦場』です。
藤沢駅へと続く中学通り線と交差する藤沢171号線沿い、「湘南通り一丁目会館」の隣に、柵で囲まれた一角があります。通りすがりに見るだけでは、中に何があるのかははっきりわかりません。

南側から覗くとこんな感じ。

狭い敷地内に、お地蔵様や石碑が何基か並んでいるのがわかります。そして北側から覗くと、手すりの付いた階段が設置されていました。

敷地内には、風化が進んだ案内板も建っています。

案内板に記された「史跡の由来」を現代語に訳し、簡潔に要約すると…
時は治承四年(1180年/平安末期)。伊豆に旗上げした源頼朝(みなもとの よりとも)が鎌倉に攻め込む際、大庭景親(おおば かげちか)の軍勢と一進一退の決戦を繰り広げ、敵味方共に多数の勇士が討ち死にした。この場所の住民たちが、心を込めて供養したのが六本松の塚である。
玉垣に囲まれた緑豊かな六本の松は、昔の出来事を物語り、供養の香と花がその御霊を慰めていた。しかし時が経つにつれて、塚の姿はいつしか消えそうになったが、藤沢市の関係者の計らいにより、再び昔の姿を取り戻すことができた。心ある方々の供養をのぞみます。
湘南通り一丁目町内会 六本松史跡保存会
といった内容。

1180年と言えば、鎌倉入りを目指した源頼朝が大軍勢となりつつ進軍した年。「石橋山の戦い」「富士川の戦い」と相次ぐ戦が繰り広げられた年でもあります。

その当時の戦死者を弔い、亡くなった人々が忘れ去られないようにと、地域住民が心を寄せて祀ったお地蔵様や供養塔。


そして朽ちた案内板は、戦国の世の「悲哀と慈しみの歴史」を今に伝えていました。
基本情報
『六本松古戦場』
住所:藤沢市本町2丁目 藤沢171号線
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ころんころ
神奈川県を中心に活動するライター。
「読まずにいられない記事タイトル」を信条に、地域の魅力や出来事を伝える。
2021年~2026年まで Yahoo!ニュース エキスパート 地域クリエイターとして活動。
2024年には ベストエキスパート2024 を受賞。
このほか、昭文社「まっぷるトラベルガイド」をはじめ、複数媒体・紙面で執筆。現在は「湘南経済新聞」などで執筆する。
元証券会社人事部出身。
年金アドバイザー資格(最上位2級)を持ち、キャリアや生活に関するテーマにも強みを持つ。